スピーチ原稿集


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「自由と平和のための京大有志の会」メンバーがおこなったスピーチ原稿を掲載しています。
スピーチのためのメモに基づいた内容ですので、実際のスピーチとは異なるところもあります。


☝2017/11/3 安倍9条改憲NO! 市民と立憲野党の共同で安倍内閣退陣を 生かそう憲法 守ろう9条 11・3憲法集会 in 京都(駒込武)

 みなさん、こんにちは。
「自由と平和のための京大有志の会」の呼びかけ人の駒込です。

 憲法改正の国民投票が現実味を帯びる状況となっています。
 はたして国民投票がおこなわれた時に、それをはね返すことできるのか。
 大学という職場に身を置く者として、とくに気にかかるのは若者の動向です。

 今日の集会の参加者も、ざっと見回したところ、平均年齢は私よりも高そうに見えます。主催者の方にはたいへん恐縮ですが、岡林信康の「友よ」を知っているというだけで、年齢がわかってしまうところがあります。(会場笑)

 今どきの若者はどこにいるのか、何を考えているのか。

 先日の衆議院選挙では、年齢が若いほど、自民党の支持率が高いという数字が出ていました。
 大学で若者に接している感覚としても、確かにそのような傾向があると感じます。もちろん、今日の集会に参加してくれる若者もいるのですが、やはり少数派でしょう。

 なぜそうなっているのか。そして、どうしたらよいのか。3点、お話させていただきと思います。

 第1に、若者にとって「夜明け前の闇」は深いばかりでなく、「夜明け」をイメージすることも難しい、ということがあると思います。若者の意識調査で、未来に希望を持てるかというという問いについて、アメリカ・ドイツ・中国など世界7カ国のなかで日本がダントツの最下位であるという数字が出ています。「政府は信用できない。経済的にも不安ばかり。結婚したり子供を持ったりするなんて考えられない。こんな状況で明るい未来が待っているとは、とても思えない」というのが、日本の若者の一般的な姿ということです*

「この闇の向こう」には「輝くあした」があるとはとても思えない時代状況があります。政府は信用できない、生活が苦しい。それならば、なぜ反政府という方向に向かわないのか、正直、もどかしい感じをいだきます。ですが、そう思ってしまう前に、「夜明け」の世界をイメージすることができない、「闇」の深さについて、わたしたちの側での想像力がまず求められているのではないかと思います。

 第2に、どんなに小さなものであっても、そのような若者たちと議論できる場をつくりだす必要があると感じています。「自由と平和のための京大有志の会」では、昨年度から、京都大学の全学部の新入生を対象として、「戦争とはなにか」を考える授業を始めました。

 授業を始める前は、教室に入りきらないほどたくさんの学生が来たらどうしようと勝手な心配していたのですが、実際にフタを開けて見たところ受講者は10数名でした。それでも、今どきの言葉で言えば「意識高い」系の、選りすぐりの学生が集まってくれたといえます。憲法9条についても議論しました。

 ここでもこちらのアテは外れて、北朝鮮や中国が攻めてきたらどうするのだ、という意見を中心に議論が展開しました。当初の予定では学生同士の議論に任せるはずだったのですが、結局、わたしを含めて、教員も思わず論戦に参加、激論となりました。印象的だったのは、議論のなかで「こんなことを言ったら先生に「違う」って言われるかもしれないけれど…」と言いながら率直な思いを語ってくれた学生がいたことです。授業の感想で「このような議論の場こそ、自分が京都大学に求めていたことだ」と書いてくれた学生もいました。

 わたしは、こうして自分の頭でじっくり考えようとする学生の存在に希望を感じました。教員の意見にすぐになびく学生は、政府の宣伝によってすぐに逆の方向になびいてしまうかもしれないからです。いまの大学では人文・社会系をつぶして、もっぱら自然科学系に軍事研究をさせようとする力が強く働いていますが、たとえば憲法9条をめぐる問題について率直な議論の場をつくることこそが大学の役割なのではないかと思います。もちろん、大学だけでなく、いろいろな場所に議論の場が広がっていくことが大切です。そうすることによってはじめて、国民投票をはね返すことができるのだと思います。

 第3に、その上で、憲法改正によって、こうした議論の場そのものが失われてしまう可能性があることを強く訴える必要があると感じています。

 今年になってからの安倍政権の国会対応をみていても、あわよくば憲法を改正して「緊急事態条項」を設け、いったん緊急事態を宣言したら、金輪際、国会を開かないことにしたいと考えていることは明らかです。衆院選の投票日の前日、秋葉原では警察官が「安倍総理頑張れ」という横断幕の前に整列し、聴衆が日の丸を打ち振る光景が繰り広げられました。もはや討論などは不要、誰もが塚本幼稚園の子どもたちのように「安倍首相頑張れ!」と叫ぶことを迫られる時代がすぐそこまできています。たとえ「考えすぎじゃない…?」といなされるとしても、議論の場が社会から抹殺されることが実際にありえるのだということを訴えていかなくてはならないと思います。

 最後に、さきほど歌ったのとは違う、もうひとつの「友よ」という歌の歌詞を紹介させていただきたいと思います。昨年、映画「クレヨンしんちゃん」の主題歌にもなった歌です。ケツメイシというグループが歌っています。

 今風の軽快なリズムにのせて、「当たり前 変わりばえない日々が/実は大事 かけがえない意味」「みんなで出来る事をたし算/すればもう何も怖くないさ」「言いたいだけ言い合って/分かりたいから争って/互いの気持ち分かり合って」と歌われます。

 もしもわたしが、なぜ憲法9条を守ろうとするのかと問われたならば、「当たり前」で「変わりばえない日々」が「実は大事」であり、そこに「かけがえない意味」があるから、と答えたいと感じています。

 さらに言葉を重ねるならば、真剣な外交交渉もおこなわずに外国の脅威をあおりたてる人びとこそが、この「当たり前」で「変わりばえない日々」を今まさに破壊しようとしているから、と答えたいと思います。

「言いたいだけ言い合って/分かりたいから争って/互いの気持ち分かり合う」ことは今の若者たちの願いでもあるはずです。そのことを信じながら、憲法改正阻止に向けて「みんなで出来る事をたし算」していく方法を考えていきたいと思います。ありがとうございました。