第4回勉強会報告レポート

【会の概要】
 12月21日(月)の9時から11時、京都大学人文研研究室にて「歴史と今を考える会 第四回勉強会」が行われました。テーマは「反知性主義について ~ 『日本の反知性主義』を読みながら ~」と題し、『アメリカの反知性主義』を時に折り込みつつ、『日本の反知性主義』についての批評や議論を行いました。

 参考図書:

【勉強会内容】
◎本書において、「反知性主義」という語は多義的性質をもって展開されていた。
⇨ そもそも「反知性主義」の定義とは?

  • 『アメリカの反知性主義』によると
    「このことばの定義はそう簡単ではない。思想としては単一の命題内容ではなく、相互に関連ある命題が重なり合った状態を指すし、心的姿勢としては通常アンビヴァレントなかたちで表される(知性あるいは知識人に対する純粋な嫌悪はまれである)。~ 定義するには、重なり合う諸特徴からひとつだけを選り抜かなければならない。私が関心をもっているのは、この重なりあったもの自体――多くの接点をもつ、さまざまな心的姿勢と理念の歴史的関係を複合したものである。私が反知性主義と呼ぶ心的姿勢と理念の共通の特徴は、知的な生き方およびそれを代表するとされる人びとにたいする憤りと疑惑である。そしてそのような生き方の価値を常に極小化しようとする傾向である。」(P6)
    …… 一つの定義が確立している語ではなく、多元的な意味を持つといえる。
    また、反知性主義に陥る人の特徴について、同書では以下のように語られている。
    「指折りの反知性主義者は通常、思想に深くかかわっている人びとであり、それもしばしば、陳腐な思想や認知されない思想にとり憑かれている。反知性主義に陥る危険のない知識人はほとんどいない。一方、ひたむきな知的情熱に欠ける反知識人もほとんどいない。~(反知性主義の:引用者注)スポークスマンは、概して無学でもなければ、無教養でもない。むしろ知識人のはしくれ、自称知識人、仲間から除名された知識人、認められない知識人などである。」(P19)

◎赤坂真理の「どんな兵器よりも破壊的なもの」(P131~149)について、
⇨ 一つの意見として新しい視点を得られるところも多かったが、いくつか気になる所が挙げられた。代表的なものとして、以下の文章を引用する。
「明治政府は、革命、いやクーデターで成った政府である。誰がなんと言おうとそう思う。その政府はこんにち想像するよりずっと危うく、何十年も流動的なままであったと思う。政府自体が下剋上の産物だったから、現に政府内でも、何十年か、出し抜き合いや足の引っ張り合いが後をたたなかった。」(P144)
○「誰がなんと言おうとそう思う」と言うのは、内田樹が本書で批判している「ことの理非の判断を私に委ねる気がない」(P21)人と同じなのではないか、と思ってしまう。

○政府が「何十年も流動的なままであった」となると、 政府機構の安定性が果たされていないということになるが、本当にそうなのか?

  • 具体的なクーデター(もしくは内乱)は、1877年の西南戦争以降、1931年まで発生しない。
  • 憲法停止の危機もあったが、きっかけは政府内部の対立でなく、政府と民党との対立から発生したものである。
  • 「出し抜き合いや足の引っ張り合い」がどの程度のものを想像しているのか、具体的には書かれていないが、今日でも党内派閥の対立があるのと同様、明治期の思想的対立等も、むしろ複数人での合議制を採用している以上仕方がないのではないだろうか。

⇨ そもそも、この「流動的なまま」という認識の背景としては、明治から昭和20年までの日本を「戦前」という概念で一括りにしていることがあるのではないだろうか。→ そこには、一つの歴史マップのような考え方があると考えられる。(この場合においては、トップを免責して責任を逃れる体制、即ち、いつでも誰かに依存した体制があるとする考え方。)

◎内田樹の「反知性主義者たちの肖像」(P17 ~ P62)について、
「集団全体の知的パフォーマンスが、彼がいない場合よりも高まった場合に、事後的にその人は「知性的」な人物だったと判定される。」(P23)とあるが、この「知的パフォーマンス」とはどういうことか?
⇨ 「それまでに思いつかなかったことがしたくなる」(P23)ということ。→ 短絡的な説明で解決し安心するのではなく、継続して考えることが大事。「知的渇望状態にあると、生命力が上がる」(P211参照)
⇨ 知性とは即ち「問い続けること」という一面性を持つと言えるのではないか。

◎本書で掲げられた反知性主義の多様な解釈を踏まえた上で、ヒトラーは「反知性主義者」と呼べるのか、否か?
⇨ この問いに関しては、幾つかの意見が挙げられた。

(1) 優生思想などに代表される「不寛容」な一面は内田樹が、ユダヤ人を資本主義者であり共産主義者であるとする論理展開に基づく反ユダヤ主義など「陳腐な思想」を主張し、焚書等を通して知的な「生き方の価値を常に極小化しようとする」一面は、R・ホーフスタッターが指摘する反知性主義の特徴にあてはまるのでは?
←→ ヒトラー自身が当初から熱狂的な思想を持っていたのか、判然としないのでは。= 所謂「大衆の迎合するもの」、つまり人気取りのための手段として、それらの主張を掲げていたのではないのだろうか? → ヒトラーは反知性主義者ではないと考えられる。

(2) ヒトラー・ユーゲントに関してみると、

  • 教育に対する蔑視
  • 身体の教育に重視する。

といった「知性的な生き方の価値を常に極小化する」という点が挙げられ、それを踏まえるとナチスは反知性主義的であると考えられる。

(3) 音楽や絵画など芸術を尊重し、推進を図ったが、それも恣意的な価値判断に基づく。
⇨ 寛容ではないという点で反知性主義的ではないか?

◎反知性主義という呼称について、
⇨ 高橋源一郎が指摘する(P114 )ように、かなり一方的な蔑視を孕んで用いられることも多い。→ もし寛容でないことを「反知性主義」と呼ぶのであれば、むしろ反理性主義とするほうがよいのでは?
……理性は人との差異が認識でき、妥協できることである。この過程で他者との敵対は存在するものの、その敵対を通じての融和は厭わない。←→ 不寛容であるというのは、持論を通したいという欲望を抑えられない一面を持つ。 = 理性の欠如
⇨ 自分の主義主張を全面的に認めさせるのではなく、互いに間違いうる存在と認識したうえで、相互に認めあう。→ この認識のために「知性」が必要となる。= 理性と知性は明らかに異なる。
⇨ ここから、偏狭と寛容の対立軸が見えてくる。……「寛容さ」は、「問いの立て直し」を行う一助となる。= 不断の探究心の育成

○一方で、寛容と迎合の差にも注目しなくてはならない。
⇨ この二つはかなり結びつきやすく、寛容であるつもりで実際には迎合となっていることもある。→ 常に裏付けと根拠の正当性の確認が必要 = 拒絶でなく、迎合でもなく、批判的な態度で受け入れていくことが「寛容」となる。

☝名ばかりアシスタントよりひと言

今回は、反知性主義をめぐるふたつの本を扱ったため、反知性主義の本質に迫る、というよりは、反知性主義がどれだけ広いテーマであるかを確認する研究会だったと思います。とともに、未成年である参加者たちから「寛容」というキーワードが繰り返しでてきたことが、ポジティブな意味で心に残りました。

とくにアシスタントは、議論に加わりながら、反知性主義という言葉が安倍政権批判としてどれほど有効か、ということを考えました。「知性」という言葉が歴史的にもつ「特権」ゆえに、安倍政権を批判する側にも、反知性主義を名乗る人がいることがとりあげられましたが、この問題は結構重要だと思います。

旧来の硬直した知性ではなく、新しい知性を獲得するような努力のない人間は、その反知性主義批判それ自体が、反知性主義に陥ってしまうのではないか、アシスタントの心の焦点はこのあたりを浮遊していたのでした。

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