ロシアはさらなる戦争を望んでいる。よりハードで、厳しく、全面的な戦争を――前線での敗北への反応

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「ガゼタ・ヴィボルチャ」 2022年9月13日 執筆者:ヴァツワフ・ラジミノヴィチ*
https://wyborcza.pl/7,75399,28904496,reakcja-na-porazki-na-froncie-rosja-chce-wiecej-wojny-twardej.html

ウクライナでの戦争は転換点を迎えた。しかし、これは、私たちが期待しているような転換点であるとはかぎらない。モスクワでは、ウクライナ軍の成功に対しては、全面的に容赦なくウクライナ人を攻撃することで報復するべきだ、と叫ぶ声が響いている。

ここ数日、ウクライナの反転攻勢の成功のニュースと並んで、「地方議員の反乱」――モスクワとペテルブルクで、地方議員たちがプーチンの退陣を求めるアピールを行なったこと――について、世界的にかなり報道された(訳注1)。

ロシア最大の2つの都市での24名の地方議員の行動は、じっさい高潔なものであり、たいへん勇気のいることである。しかし、その意義はシンボリックなものだ。アピールの署名者は、国会議員ではなく、モスクワの市議会やペテルブルクの立法議会の議員でもない(訳注2)。彼らと同じような地位にある者はロシア連邦には77,500人おり、彼らのなかには、開かれた精神や、プーチンの体制に反対する意見をもっている人たちもいることだろう。

地方議員たちの声は、シンボリックなものだが、小さくて、弱い。プーチンは、まったく慌てることなく、軍隊への「信頼を損なった」罪で、彼らを何年でも獄中にとどめおくことができる。

他方で、彼が対応を迫られるのは、これとは別の叫び声だ。こちらの声は、数が多く、より大きく響き、社会の支持があり、有力な保護者がいるために、抑えがきかない。

アレクサンデル・ドゥーギンも、そういった声の1つだ。彼は、2014年に、ウクライナ人は「殺し、殺し、殺す」必要がある、と叫んでいた。彼の同類たちは、すでに久しく、プーチンと彼の将軍たちを、決断に欠ける、敵に「生ぬるい」と批判してきた。

先週の土曜日から、クレムリンのプロパガンダは、ロシアの人びとに、むき出しでこう訴えている。「敵は前進している。「少なくとも世界第2の軍隊」が、前線でひっぱたかれたのだ」。(ちなみに、自尊心の強いモスクワが「少なくとも世界第2」と公然と言っているのだから、ポーランドで「しょせん2番目だろ」とバカして言うのは、私には理解できない。)

月曜日の夜、クレムリン配下のテレビ局、ロシア第1放送の番組「60分」で、前線での作戦遂行の専門家として、ミハイル・ホダリョノク大佐は、こう述べた。「ドンバスでの退却がなお続いている。ウクライナの攻勢を止めるためには、ロシア軍は自陣の後方の深いところに防衛ラインを築いて、そこに全勢力を新たに結集する必要がある。これが、効果的に戦闘を行なうために不可欠なことだ。」

「絹の手袋」をはずす時が来た

プロパガンダの語り口がとつぜん変わった。これまでは、TV放送やクレムリンの専門家たちは、ロシアはウクライナで「軍事的標的」だけを攻撃している、と語ってきた。そして、もし学校や病院や住宅にミサイルが命中した場合には、それはそこに「ネオナチ」が布陣していたからだ、と説明してきた。

いまや、彼らは憤激してこう問いかける。なぜ、敵国では、相変わらず鉄道が運行し、電気や水道がとおり、橋がかかったままで、キーウの政府中枢の所在地もそのまま残っているのか、と。いまこそ指揮官たちは「絹の手袋」をはずして、「人道的な戦争遂行のやり方」など忘れて行動するべきではないのか、と彼らは呼びかける。

TV番組「60分」の司会者であるオルガ・スカビェーヴァは、月曜日の放送のゲストたちが、3時間にわたって、敵の「不可欠のインフラ」と「マン・パワー」〔原文は直訳すると「生きた力」〕を叩き潰すために全面的な容赦のない戦争に乗り出すべきだと要求したことを受けて、こう叫んで番組を締めくくった。「ロシアはハードで厳しい戦争を求めている!」

プーチンは、ウクライナからの撤退は自分の終わりであることを知っている

「少なくとも世界第2の」軍隊が面目を失ったことに震撼させられたクレムリンは、イゴール・ガーキン(別名ストレルコフ)のような極端なタカ派の主張を受け入れている。ガーキンは、軍と競合しているロシア連邦保安庁の保護のもとに、久しく以前から平然と、不手際な指揮官たちを嘲笑し、ショイグ国防相を「ボール紙製の元帥」呼ばわりし、総動員令を布告せよ、国の経済を戦時体制に切り替えよ、と要求している。

プーチンは、ウクライナの前線での敗北が彼にどれほどこたえたにしても、妥協することはないであろう。なぜならば、妥協は彼の終わりを意味するからだ。どこかにいるリベラルや不満を抱いているオリガルヒの圧力などではなくて、まさしくタカ派の圧力のもとに、プーチンは、ショイグ国防相やゲラシモフ参謀総長のような老人(ともに67歳)を、もっと若い将軍――たとえば、手際よくクリミアの併合をやってのけた軍人たち――にすげ変えるだろう。そして、冬が来るのを待ちうけるのだ。

冬が来れば、モスクワの計算では、爆撃で破壊され、組織が解体し、凍えたウクライナは、それだけでもずいぶん弱くなるだろう。爆弾と爆撃機をたくさんもっているロシアは、キーウやスームィをいつでも1945年2月のドレスデン(訳注3)に変えることができる。すべてを賭けて戦っているプーチンは、このような残虐行為も辞さないであろう。

クレムリンは、ロシアからのガス供給を断たれた西側の社会が冬の寒さに反乱を起こして、自国の政府にキーウの政府への支援を止めるように圧力をかけることも計算に入れている。

この戦争は――ポーランドで支配的な楽観論に反して――終わることはない。それはさらに激しさを増すだろう。

*執筆者であるヴァツワフ・ラジミノヴィチ(Wacław Radziwinowicz)は、ポーランドのジャーナリスト。1997年から「ガゼタ・ヴィボルチャ」の特派員としてロシアに派遣されていたが、 2015年12月にロシア政府によって国外退去を命じられた。

(訳注1)ロシアの地方議員の声明については、日本でも報道されている。
「「プーチン氏は反逆罪」 声上げるロシア地方議員 政権は締め付け強化」(朝日新聞デジタル 2022年9月12日 6時58分)
「プーチン氏の地元サンクトペテルブルクで7日、7人の地区議員が、プーチン氏の行動が「国に害を及ぼし、反逆罪を示している」として、ロシア下院に弾劾(だんがい)するよう要請した。その後、うち5人が警察の取り調べを受け、「ロシア軍の信用失墜」の罪で起訴された。
 また、モスクワの区議グループも8日、プーチン氏や部下を「ロシアを冷戦時代に逆戻りさせ、再びロシアは恐れられ、嫌われ始めた。我々はまたも核兵器で世界を脅かしている」と批判。「あなたの考えや統治モデルは絶望的に時代遅れで、ロシアの発展を妨げている」として、退任を要求した。」
https://digital.asahi.com/articles/ASQ9D25S0Q9DUHBI003.html

(訳注2)アピールに署名したのは地区レベルの議員(日本でいえば区議会議員)であって、国政やモスクワやペテルブルクの市政を左右するような力はもっていない、ということを言いたいのであろう。

(訳注3)第二次世界大戦の終盤、1945年2月13日から15日にかけて、連合国軍(英・米の重爆撃機)が、ドイツ東部の都市ドレスデンを爆撃した。無差別に行なわれた爆撃によって、ドレスデンの市街地の85%が破壊されたとされる。

9月に入ってから、ウクライナ東部でウクライナ軍の反転攻勢が続いている。14日には、ゼレンスキー大統領が、解放された都市イジュームを訪問した。
https://wyborcza.pl/7,75399,28910348,zelenski-w-izium-mozna-zajac-ukraine-ale-nie-da-sie-okupowac.html
ウクライナ軍の攻勢を受けて、ポーランドのメディアでも、戦争の行方について楽観的な論調が目につくようになった。これに対して、この記事の執筆者は、ロシア軍の退却に対する反作用として、ロシアの政府系メディアで強硬派の発言力が強まっており、今後、戦争がさらに激しさを増し、長期化する可能性があることに注意を促している。

ロシア国防省は、イジューム周辺からの撤退を「部隊の再編成」として発表した。日本のメディアでは、「旧日本軍が「撤退」や「敗走」を「転進」と呼んだことが思い出される」というコメントもみられる。
https://digital.asahi.com/articles/ASQ9C6CYWQ9CUHBI00H.html
「部隊の再編成」という表現にはたしかに現実を糊塗する機能がありそうだが、訳者には、日本とロシアでは戦争の記憶の構造が異なっているかもしれないことが気になっている。
太平洋戦争で旧日本軍が「転進」し続けて敗戦に至ったのとは異なり、ロシアの歴史には、広大な自国の領土の奥深くまで退却を続けて敵軍を呼び込んだうえで撃破し、最終的に勝利するという経過をたどった戦争がいくつもある。ナポレオン戦争も、第二次世界大戦(ロシア政府のいう「大祖国戦争」)も、退却を重ねたうえで、消耗した敵を倒して勝利をおさめた戦いだった。
この記事のなかで、TV番組に出演したロシアの軍事専門家が「ロシア軍は自陣の後方の深いところに防衛ラインを築き、そこに全勢力を新たに結集する必要がある」と述べていることは、このようなロシアの戦争の歴史をふまえると、意味深長である。いま起こっていることはまぎれもなくロシア軍の軍事的撤退だが、ロシアの世論は、それをもって「われわれは敗北しつつある」とは受けとめない可能性がある。

訳者としては、プーチンの戦争に異議を唱えたモスクワとペテルブルクの地方議員たちの勇気ある行動に敬意を表しつつ、ポーランドのメディアをとおして、ロシア社会の変化を注意深く見つめていくしかない。

【SatK】