なぜクレムリンはこの戦争を特別軍事作戦と呼ぶことを私たちに命じるのか?

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ロシアの作家ドミトリー・グルホフスキーの「ガゼタ・ヴィボルチャ」への寄稿(3月11日付)。

なぜクレムリンはこの戦争を特別軍事作戦と呼ぶことを私たちに命じるのか?

それは、ロシアでは誰も戦争を望んでいないからだ。誰もが戦争を怖れているからだ。家から生きて出た人びとが鉛の棺桶に入って家に帰ってくるのが戦争だからだ。繫栄している都市が煙たち昇る廃墟と化すのが戦争だからだ。戦争とは永遠の恐怖だからだ。貧しさだからだ。飢えだからだ。集団的な狂気だからだ。

ふつうの人びとはこの戦争を望まなかった。自分の命で対価を支払うことになるからだ。自分の家族を崩壊させ、破滅させることになるからだ。ビジネス界はこの戦争を望まなかった。破産に追い込まれるからだ。わが国のいわゆるエリートたちもこの戦争を望まなかった。世界から切り離されて心地よい居場所を失うからだ。国民全体がそれを望まなかった。戦争が始まるとふつうの暮らしが終わってしまい、戦争の決まりに従った暮らしが始まるからだ。

ウラジーミル・プーチンは全員に責任をなすりつけた

プーチンがウクライナに個人的に戦争を仕掛けたのだ。彼は、まるまる1時間かけて、すべてのチャンネルを使って、なぜ戦争が必要か、国民に説明した。理由はただ1つ、ウクライナは「国家になれない存在」で根本的に存在するに値しない、ということだった。そこにあるのは個人的な憎しみだけで、それ以外に戦争をするいかなる理由もなかった。他にあったのは口実だけだ。

プーチンは自分自身のための栄光が欲しかったのだ。この戦争が彼に栄光を授けてくれるはずだった。彼は電撃戦に期待をかけた。戦争が勃発した日、テレビのプロパガンダ番組は、昼食どきにはキエフは手に入ると満面の笑みをうかべて約束した。しかし、約束の責任をとる用意はできていなかった。

だから、侵略を始めるまえに、彼はロシア連邦の安全保障会議を召集した。「私はなにも知らなかった」とあとで言いそうな面々を全員そこに集めた。そして彼らを既成事実の前に立たせた。それどころか「私は賛成する」と全員に大声で言わせた。世界と独自に平和交渉をやりそうな者全員に責任をなすりつけた。そのうえで、ロシアを実際に治めているのは私ではなくてわれわれ全員である、とプーチンは世界に言った。これで西側は折り合いをつける相手がいなくなるのだ。いつの日かハーグでウクライナとの戦争の裁判が日程にのぼっても、集団全員が被告となるようにしたのだ。そして、そうなることを、この集団のひとりひとりが頭に刻み込むようにしたのだ。

だが、彼らもそのような責任を負わされることにぞっとしたのだ。それは安全保障会議の映像をみれば、はっきりわかる。戦争を始める計画を事前に知らされていなかった様子さえわかる。彼らが怖気づかないですむように、体制全体に責任をなすりつけることに決めたのだ。

ロシア連邦議会の上下両院の議員たちも、この戦争について語ることはなかった。彼らもまた招集され、事実の前に立たされた。そして、安全保障会議の芝居がかった合意にもとづいて、両院の議員たちもまた新たな宣誓を行なうよう促されたのだ。反対の票を投じたり棄権したりすることはできなかった。習い性となった無力さと従順さによってことは運ばれた。しかし、とはいえ――彼らは、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国という傀儡国家の領域のなかでロシア軍を用いることに賛成しただけなのだ。

こうして私たちは犯罪者となった

ところが、われわれの戦車は、ドネツクではなく、ハルキウ、キーウ、ヘルソンに向かった。これは戦争である、ということがあきらかとなった。それについて人びとが問われていない戦争であることが。人びとがそれを怖れ、望んでいなかった戦争であることが。1週間後、この国を待ちうけているのは、神話めいたナチスの信奉者たちの部隊に対する電撃戦ではなく、全ウクライナ軍とウクライナ国民に対する大戦争であることがあきらかとなった。よくわからない理由から奇妙な象徴の体系のもとにおかれたロシア連邦軍は、ラテン・アルファベットのZの文字で識別されて、泥にはまって動けなくなった。わが軍の死者は数百人にのぼった。わが軍の銃砲はめくら撃ちを始め、ウクライナの街の住宅地を破壊した。戦争犯罪ではないかと言われてもしかたない成り行きであることが明白となった。

そしてそうなったとき、体制の犯罪を全国民の犯罪にすり替えることが決められた。すべての人びとを同じ色で塗りつぶすこと。この戦争については知らなかったとか望んでいなかったとか言えないように、私たちを共犯者にすることが決められたのだ。

あらゆる宣伝メディアで繰り広げられ、人びとに襲いかかってくるヒステリーは、ロシア人ひとりひとりの額にZの文字を刻みこむことを目的としているのだ。

兄弟殺しの戦争に対する責任、ヨーロッパの平和を破壊することに対する責任、悪夢のような過去へと逆行することに対する責任をプーチンと彼の体制からとり去って、ふつうの人びとの背中のうしろに彼らを隠すことが必要なのだ。血迷ったグループと戦っているのではなく、全ロシア国民と戦っていると西側に信じこませることが必要なのだ。まさしく自分たちの生き残りをかけた戦争をやっているのだと国民に示すことが必要なのだ。

人びとを戦争で塗りつぶすために、権力は、国民が支持していると見せかけた。ロシアの80の地域からZの旗をひるがえした自動車を集めて官製のデモンストレーションをやった。カザンのホスピスで終末期の医療を受けている子どもたちを白く雪の積もった中庭に集めてZの文字のかたちに並ばせ、上空から小さな患者たちを撮影した。事を起こしてしまってから、この流血の新たな説明を必死になって考えだす。曰く、ウクライナは化学兵器を持っていたのだ、生物兵器も持っていたのだ、ウクライナは核爆弾を作ろうとしていたのだ、先制攻撃しようとしていたのだ。どんな対価を払ってでも、あらゆる嘘を使って、この虐殺には意味がある、それはクレムリンにとってだけではなく、彼ら国民にとって必要なものなのだと、国民に示さなければならないのだ。

私たちはウクライナ人とわが国の兵士たちの血によって塗りつぶされている

しかし、私たちは忘れてはならない。Zを支持することで、私たちはウクライナの民間施設を爆撃し砲撃することを支持していることになるのだ。私たちは数多くの学校の破壊を支持しているのだ。私たちは兄弟の絆をたち切ることを支持しているのだ。家族のなかにある絆も、私たちの国と国のあいだにある絆も、永遠にたち切ることを。私たちはロシアが文明的な世界から聞く耳を持たずに孤立し、避けようもなく衰弱し、デジタル強制収容所の技術をもった中国のための原料供給植民地となることを支持しているのだ。

いまプロパガンダを信じている人びとは、すでに世界中でロシア人が侵略者とみなされていることを忘れてはならない。私たちが戦争犯罪者とみなされるところまで、あと一息だ。そして、それが私たちの歴史の一部となる――永遠に。私たち全員が塗りつぶされている――ウクライナの市井の人びとの血によって、そして徴兵されて「訓練のために」地獄へと送られた私たちの兵士たちの血によって。

これは私たちの戦争ではない。このことを私たちは記憶しなければならない。このことについて語り合わなければならない。私たちのうしろに隠れて彼らに語らせることを許してはならない。

  • ロシア語からポーランド語への翻訳者:Agnieszka Lubomira Piotrowska
  • 「ガゼタ・ヴィボルチャ」編集部によるタイトルは「ロシアの有名作家:プーチンの目的? ロシア人全員を戦争犯罪者にすることだ」。文中の小見出しも「ガゼタ」編集部による。

https://wyborcza.pl/7,75410,28211243,slynny-rosyjski-pisarz-cel-putina-zrobic-ze-wszystkich-rosjan.html

ドミトリー・グルホフスキーは1979年生まれ。ロシアで最も人気のある作家の1人。SF小説『メトロ2033』(2005年刊、日本語訳は小学館より2011年刊)がベストセラーになり、国際的なインターネット・プロジェクト「メトロ2033の世界」を立ち上げた。ポーランドでも著書が出版されている。

文中にでてくるホスピスの病気の子どもたちによる Z 字を上空から撮った写真は「プーチンの病んだプロパガンダ」と題した次の記事で見ることができる。
https://parenting.pl/chora-propaganda-putina-do-tego-zmusili-dzieci-z-hospicjum

【SatK】