第6回勉強会報告レポート

平成29年4月2日(日)、「歴史と今を考える会 第6回勉強会」が行われました。今回は、

を扱いました。

1.現在のオリエンタリズム

 現在でもオリエンタリズムは存在するのか。存在するとしたらどのような形においてなのか。
 かつて「東洋(オリエント)」は「もの言わぬ他者」として存在し、あくまで「西洋(オクシデント)」が定義すべき相手であった。「学術上の研究者は、彼がいかなる東洋人に出会っても、その個々人が『東洋人』と銘打たれた類型と同じものだと考えた。セム族とか東洋精神といった事柄に関する言説は何十年にもわたる伝統の力によって、ある種の正統性を賦与されていった。」(下p74)という表現からも分かるように、実際「東洋」にまつわる「言説(ディスクール)」は幾重にも生み出され、定着した。「東洋」を特定の「言説」や類型に全てあてはめていくというこの作用がかつてのオリエンタリズムであった。しかし現在の「東洋」は、なお理解し難い「訳分からぬ他者」として存在し続ける一方、「もの言う他者」としてもその存在を主張してきている。つまり、「東洋」は「依然として奇妙な存在のまま」(上p214)でありながら、もはや「西洋」が一方的に「言説」へ嵌め込んでゆく「オリエント化されたオリエント」(上p246)からは遠く離れてしまったのではないか。(この観点における「東洋」には日本も含まれると考えられるが、それについては次項で検討することとする。)前回の勉強会における「シャルリ」の例についても考慮すべきことかもしれないが、「東洋」を代表するイスラームが「もの言わぬ他者」でなくなったことや、無意識化で共有されていた「西洋」優位の「言説」が揺らいでいることに、現在の「西洋」は戸惑っているのだとも言える。本書における「こうした現代のオリエンタリズム的姿勢」や「このような見方」(上p255)は、おそらく現在でも存在し続けているだろうが、しかし、その基盤たる経済的な面での西洋人絶対優位は徐々に崩れてきていると思われる以上、「姿勢」や「見方」さえも脅かされかねない状況に、「西洋」が恐れを抱いているのではないかと考えられる。つまり、「二十世紀の歴史が東洋の内部でオリエントにとっての本質的な変化をひき起こしてきたというのに、オリエンタリストはいまだにただ呆然としているばかりである。」(上p256)という状況が、二十一世紀となった今でも続いているのではないか。もしくは、二十世紀よりもはっきりとした変化を感じ取り、さらに、「西洋」に直接影響を与える形で変貌を遂げる「東洋」の現状に呆然を通り越して混乱しているとも考えられる。反イスラムの具体事象の根底に流れているものが、オリエンタリズムが生み出した「西洋」優位の「言説」や、それに対する固執であるとも言えるのではないか。換言すれば、かつての「もの言わぬ他者」が抵抗し始めたのを認識した途端、その「他者」が凶暴な「他者」であるという内容に「言説」を変更し、それを証明し続けようとしているのではないか。

2.オリエンタリズムと日本

 オリエンタリズムの構図の中に日本はどのように包摂されてきたのか。そして、日本はオリエンタリズムとどのように関わってきたのだろうか。
 中国が「東洋(オリエント)」に含まれていたように、日本も「東洋」の一部とされていた。しかしながら、本書で多くの紙幅が割かれているのはやはり近東・中東の事例であり、極東ではない。本書の叙述のみに依拠して、オリエンタリズムと日本の関係性について論じるのにはやや難があるため、オリエンタリズムという視点に近代以降の日本を「嵌め込んで」考えてみることとする。
 例えば、近代以降の日本には、「西洋(オクシデント)」的な側面が見られなかっただろうか。つまり、常に(・・)「西洋」が「東洋」よりも優れていた訳ではないのに、優位であると信じ込んでいたかった、このような精神的作用が、日本とその周辺地域との間にも働いたのではないか。日本の「擬似オリエンタリズム」とでも呼ぶべきものは(そのようなものがあったと仮定してだが)、その対象とする地理的範囲の差異を、真のオリエンタリズムとの間に当然の如く抱えながらも、「西洋」文明に近づきつつある自身と他のアジア諸国とを比較し、オリエンタリズムの骨子を「嵌め込んだ」のである。そして、そうして生産された「言説」が、あたかも反イスラム主義が叫ばれ始めた「西洋」のように、まさに今、日本においても見え隠れしているのではないか。
 一方、戦後の日本が主としてアメリカから受けた扱いは「東洋」的であったと考えられる。優れた「西洋」の社会的・文化的所産が「東洋」へともたらされるその構図に、アメリカと日本はそれぞれ位置していたのではないか。この構図は支援という形と名で、その対象地域に多少の変更はあるだろうが、現在でも「西洋」と「東洋」の間で行われていることのように思われる。そのような観点からすると、オリエンタリズムは、第一項で考察したような反イスラムの潮流にしか認められないわけではなく、国際的な支援という舞台にも息づいていると言えるのではないか。

3.次回に向けて

 第一項・第二項で述べたことに基づいて、より一層考察を深めたい論点とその参考文献とを、可能な限り提案する。論点は大きく二つある。
 一つ目は、オリエンタリズムの「逆」は存在するのか、存在するとしたらどのような形態をとっているのか、ということである。本書は(当然のことかもしれないが)「西洋」の側から見た「東洋」についての叙述である。「西洋」が「東洋」を形成していったその同時期に、むしろその逆の方向性をもった動き、すなわち「東洋」が「西洋」を定義することはあったのだろうか。この点に関しては、「東洋」にはその支配者たる「西洋」の思考が介入するため、ある意味では純粋な「東洋」の視点を確立することが困難だったのではないか、という意見が出されたものの、知識に乏しい我々ではそれ以上論を発展させることが出来なかった。適切な資料があれば次回の素材としたい。
 二つ目は、日本を捉えている(のかもしれない)オリエンタリズムの枠とはいかなるものなのか、ということである。我々は日本が「東洋」に該当することに対する違和感を抱いたまま読み進めていたのであるが、「東洋」の特徴の一つとして「恥の文化」が登場した時(上p117)に、日本が「東洋」の一部であるという認識に少なからず納得したのであった。この背景には紛れもなくルース・ベネディクトの『菊と刀』がある。もし、「恥の文化」という特質がオリエンタリズムの中で「東洋」に対して既に唱えられていたのなら、『菊と刀』での言及はその援用であったのではなかろうか。そうでなくとも、何らかの影響を受けていたのではないか。以上は見当違いの推察である可能性が高いだろうが、それらを差し引いても、オリエンタリズムの文脈においてこの本を読む価値はあるかと思われる。

TOP