自民党改憲草案を読む-いかなる「立憲主義」なのか?

【目次】

3.憲法の体系的理解と自民党改憲の方向性

もちろん、憲法改正が自民党の結党以来の党是であり、安倍首相が在任中に憲法改正をおこないたいのであれば、明確に争点として有権者の診断をあおげば良いだけの話なのですが、憲法改正では票が入らないどころか、慎重論が高まっているような世論調査の下では不利に作用するということが自民党の幹部は公言しています。皆さんには、これから投票までの間、憲法をめぐって各党がどのような公約を提示するか、そして選挙後にそれがどのように扱われるかを注意してみておいて戴きたいと思います。歴史の証人となるのは、他ならぬ、あなた御自身なのですから。

それでは、今後の憲法改正では何が問題となっていくことになるのでしょうか?

まず、問題となるのが、憲法第96条の改正です。先ほどから述べてきましたように、多数決すなわち2分の1以上で政治決定が行なわれるとすれば、投票率50%前後であれば有権者総数の25%以上で決定できることになります。しかし、重要な問題については、やはり慎重な手続きによる熟議を経て、より多くの国民の賛同を得ておく必要があります。ましてや、憲法について改正するのなら、本来は憲法制定権者である国民の総意に基づくことが求められるはずです。そのため、憲法第96条では「各議院の三分の二の発議」によって憲法改正ができることになっています。これに対して、安倍首相は「3分の1の議員が発議を妨げていることは不都合であり、その議員を落選させなければならない」として発議要件を2分の1にすることを訴えました。安倍首相が野球の始球式に96番という背番号をつけて登場したことを記憶されていらっしゃる方もいらっしゃるはずです。

現行憲法

第96条
1 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

この動きに対し、まさにそれこそが立憲主義を根底から覆すものであるとして、全国に「96条を守る会」などが結成され、反対の声が高まりました。また、「裏口入学」と批判されたこともあって、いったんは引っ込められた形になっていますが、憲法改正の本丸が第9条である限り、96条の改正が議論になってくるはずであります。

それでは時間も経ってきましたので、日本国憲法と自民党改憲草案とを比較しながら見ていきたいと思いますが、憲法をどのように読むのか、ということを確認しておきたいと思います。これはあくまで、私の憲法の読み方としてお聞きしていただきたいのですが、重要なことは、その憲法がどういうような体系になっているのかということです。どういう構成になっているのかです。ウォルター・バジョットというイギリスの法学者に『イングリッシュ・コンスティチューション』という著作がありますが、これは単に『イギリス憲法』という意味ではなく『イギリスの国家状態』という意味合いを込めたものですが、日本国憲法の場合も、そこに国家と国民の状態がどのように構成されているのかを考える必要があります。その憲法が決めてるような国家の状態、あるいは憲法の体系からどう読むかということが一番大事であり、条文の一部だけ引き出してくるのではなく全体の構成の中でこの条文がどのように位置づけられているのかを読み取ることが最も重要ではないかと私は考えています。

The English Constitution (Oxford World’s Classics)
Walter Bagehot Miles Taylor
B005OQH076

そして、解釈にあたって2番目に考える必要があるのは、その条項も立法事実と目的が何かという問題です。その条項を作ったときに、どういうような事実があるからこれをどういうふうに規制しようとしたのか、あるいはどういうふうに変えようとしたのか、ということが立法事実です。それから3番目に考えなければならないのは、文理解釈です。つまり、その条文で用いられている概念や言葉の意味とは何なのか、そして文脈の中でそれをどういうふうに解釈するのかです。これらは基本的に憲法学者や裁判所で行なわれていることです。

そこで日本国憲法の構成を体系的に解釈すればどのようになるのでしょうか?
もちろん、その詳細を短時間で述べることは不可能ですので、極めて概括的な言いますと、レジュメに書いた通り、日本国憲法の前文9条11条13条、それから97条98条が一続きの構成になっているわけです。

現行憲法

前文
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

現行憲法

第二章 戦争の放棄
第9条
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

現行憲法

第11条
 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

現行憲法

第13条
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

現行憲法

第97条
 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

現行憲法

第98条
1 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

日本国憲法の基軸となっているのは、憲法の前文には平和のために生きる、いわば権利、生存権というのを規定しています。平和的生存権です。その平和的生存権をいかなる方法で実現するのか。それを規定したのが、戦力不保持と交戦権の否認を定めて戦争を放棄した9条です。日本国憲法の前文9条は一体のものとしてあったのです。ただ前文にあるところは、かなり抽象的表現ですから、条文そのものとせずに、前文に移したという経緯があります。そのため、日本国憲法の第2章は9条という1条だけしかない、やや不思議な構成になっているわけです。

そして、戦争の無い状態で平和的に生存する権利を保障するとした上で、それでは具体的にどのような権利を実現していくことが憲法では確保していくか、それが11条13条における基本的人権総体の規定となります。つまり、9条で決められたような戦争をしなかったときに確保される人権が13条で「個人の幸福追求権」として設定され、その13条の前提になるものが11条12条で決められております。そして、13条の幸福を追求する権利が、具体的な内容として規定されているのが25条です。ここでは国民が「健康で文化的な生活を送る」ことを政府が保障しなければならないと規定されます。こうして保障された平和的生存権は、時の多数派の判断によって自由に変更することのできない普遍的なものであり、第97条にありますように「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であるとして「現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたもの」である、そのことが憲法が最高法規であるゆえんだと位置づけているのです。そして、この考え方は、前文に始まって11条を経て97条によって締めるという構成によって示されています。そして、ここで確認しておかなければならないことは、この極めて重要なはずの日本国憲法第97条が、自民党改憲草案では削除されているという事実です。

現行憲法

第12条
 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

現行憲法

第25条
1 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

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