スピーチ原稿集 » 自民党改憲草案を読む-いかなる「立憲主義」なのか?

【目次】

6.自民党改憲案がめざす安全保障

次に、自民党改憲案の「第二章 安全保障」を読んでみましょう。

改憲案の第9条には「平和主義」と掲げられています。現在の日本国憲法では「第二章 戦争の放棄」となっており、英訳では「RENUNCIATION OF WAR」となっていますが、本来の日本国憲法には章のタイトルはついておりません。ですからこれはあくまでも教科書とか六法全書を作るときに、習慣的に付けてあるだけです。

現行憲法

第二章 戦争の放棄
第9条
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

自民党改憲草案

第二章 安全保障
第9条(平和主義)
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

これに対して自民党改憲案では各章と各条にタイトルが付いていますが、それでは第9条が「平和主義」を貫徹しているのかという話になります。自民党の説明では、現在の憲法と9条1項は変わっていないということになっています。確かに、「戦争の放棄」と「武力による威嚇及び武力の行使」は「手段としては用いない」となっています。現憲法では「手段としては、永久にこれを放棄する」となっていますが、「手段としては用いない」と同じ意味であり、何も変わりませんという説明なのですが、これも「国際紛争を解決する手段としては用いない」という限定も変わっていません。これも実はたいへんおもしろいんですけども、集団的自衛権が議論されたときに今の憲法9条でも問題ない、集団的自衛権を行使しても憲法上問題ないという議論がありました。なぜか? それは9条1項が、あくまでも「日本国民」が「当事者として」「国際紛争を解決する手段としては放棄する」と規定しているだけだから、というのです。しかしながら、集団的自衛権はアメリカなど「外国が当事者となる国際紛争」であるわけですから、それに加わったところで別に9条1項には抵触しない、という議論もあったわけです。さすがにそれは無理でしょうということになってしまって、集団的自衛権そのものを憲法9条は否定したものではない、という憲法解釈に変更されていきました。

そのことを自民党改憲案の9条2項で「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。」と改めて明記しています。この改憲案では、集団的自衛権や個別的自衛権の区別はなくなり、「自衛権」であると認定されれば、戦争や武力による威嚇・武力の行使も「発動」されることになります。「自衛権」と簡単に申しましたが、果たして「自衛権」とは何でしょうか? 自民党の改憲案のQ&Aでも、国家は自明の理として自衛権を持つとなっておりますが、自明の理として持つとは言えないはずです。よく個人の正当防衛の権利と国家の自衛権は同じだと議論されますけれども、それはやはり間違いです。個人とは実存在ですが、国家というものは実存在ではなく、それ自体は擬制、いわばフィクションとしての法人であって、それ自体が毀損されるということはありえないはずです。また、自衛権という概念そのものも、もともと無かったものです。1928年のいわゆる不戦条約において始めて自衛戦争という概念が出てきますが、それは侵略戦争と区別するためです。なぜそれを区別する必要があるかといえば、不戦条約によってそれまで違法とされなかった戦争が明らかに違法になったからです。そこでイギリスやアメリカなどが自衛権の発動である戦争は違法でないという留保をつけたわけです。さらに集団的自衛権という概念も国際連合憲章を制定する際に、初めて案出された概念であり、国家が自然権として保有するという議論も事実とは相容れないものです。

いずれにしろ、自民党の改憲案では9条2項によって、現在の「戦力不保持」と「交戦権の否認」という日本国が世界に先駆けて設けた規定は抹消されることになります。憲法9条の1項に相当する条項は、世界各国の憲法でほぼ共通して定められていますが、2項こそが日本国憲法の特質として注目されていたのですから、これで年来叫ばれてきた「普通の国」に日本がなるということになるのでしょう。

そして、自民党の改憲案では「第9条の2」として新たに「国防軍」が設置されることになり、内閣総理大臣が最高指揮官となります。

自民党改憲草案

第9条の2(国防軍)
1 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前2項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。

自民党の稲田朋美政調会長は、日本の立憲主義の空洞化を嘆く発言をされ、安倍首相もそれに同意されました。何と言ったか? 憲法学者の7割が違憲と言ってるような自衛隊をそのままにしておくことは立憲主義の空洞化を招く、というわけです。はい、確かにその通りです。しかし、何度も確認しましたように、憲法というものは為政者に対してその条項を守りなさいという縛りであることに存在意義があるわけですから、憲法を守れなかった政府は本来であれば責任をとって辞めざるを得ないはずです。しかし、ここでは論理が全く逆転しています。自衛隊があるのにそれを憲法学者の7割が違憲といっている(実はもっと多いのですが)、7割が違憲と言ってるからこれを合憲にするように憲法を変えましょうという話なのです。普通の論理的思考をする人であれば、その倒錯ぶりに頭がこんがらがってきますよね。現状に合わせて憲法の解釈を変え、実態に合わせて憲法の条項を変えていく、それが果たして立憲主義の空洞化を充足することになるのでしょうか? 自分の身長に合わせてベッドを切り刻んだり、作りかえていくのであれば、憲法はもはや立憲主義としての機能を果たさないことになります。それが今起こりつつある事態なのです。

要するに、憲法学者の8割、9割が違憲としている自衛隊をはっきりと憲法上において国防軍と明記します。これによって立憲主義は破壊されませんでした、と正当化される-それで良いかどうかを決めるのは主権者たる国民の責務ということになります。

さて、ここで少し気になるのが「第9条の2」の第2項にある国防軍が任務を遂行する際には、「その法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」となっています。「その他の統制」というのは、いったい何を指すのでしょうか? おそらくアメリカでしょうか。実際に軍事行動を起こすとなれば、当然そうなるのでしょう。神奈川県の座間市と相模原市には「リトルペンタゴン」と称されるキャンプ座間すなわち在日アメリカ陸軍司令部が置かれており、軍事情報もアメリカ軍から得ることで行動せざるをえないわけですから、国防軍はアメリカ軍と一体化してアメリカ軍の指揮官の下で動くことになるはずですから、「その他の統制」はアメリカ軍の統制ということでしょう。

しかも、問題となるのは、その前に「法律の定めるところにより」という点です。国防軍の任務遂行という国民の生命や財産に最もかかわる事態の発動要件が、法律によって決まることになります。法律は、何度も言いましたが過半数で決まりますが、特定秘密保護法によって軍事機密に係わる情報はほとんど明らかにされないままに決定されることになりかねません。そういう重要な問題を、法律によって委任することには大きな危険性が伴います。本来であれば、軍事行動については何が可能で、何が規制されるのかを可能な限り規定しておくべきなのですが、「第9条の2」の第4項では更に「統制及び機密の保持に関する事項は、法律でこれを定める」となっていて、ブラックボックス化していくことが、目に見えるようです。

そして、「第9条の2」の第5項で問題となるのは、「国防軍に審判所を置く」というです。これもまた国防軍を置けば必ず起きてくる問題です。軍隊ができた以上、「審判所」すなわち「軍法会議」がなければ軍隊は動きません。国防軍の軍人は、殺傷行為を命じられるわけですが、それに従わなければ罰することによって統制を図る必要がありますし、勝手に銃器を使用して殺せば殺人罪に問われます。他方で、法令に従った軍事行動によって相手側の軍人を殺しても殺人には問われないわけです。しかし、非対称戦争の時代における戦争は、一般人と同じ服装をしたテロリストとの戦いともなりますから、一般の市民を殺してしまう可能性も高まり、その判断を誤れば殺人罪に問われかねません。そうした様様な事態を想定すれば、軍事刑法を予め丁寧に整備して置く必要がありますが、想定外の事態が必ずや起こるでしょう。そうしたことを考えますと、国防軍などが軍事行動を起こす以上、当然に「軍法会議」を作るしかないことになります。ですから、「審判所」が設置されることになります。

しかしながら、日本国憲法では、第76条で特別裁判所の設置を認めておりません。ですから、憲法裁判所も設けられないわけです。もちろん、この審判所という名前の軍法会議は、裁判機能を果たすことを前提としていますから、「裁判所へ上訴する権利」を認めているわけであり、明らかに特別裁判所に相当します。しかし、自民党の改憲案では一種の行政機関と想定しているのでしょうか、第76条については何ら変更されていません。なお、この審判所にかけられるのは軍人だけではなく、「その他の公務員」が挙げられていますが、国防軍の秘密の保持とかの問題は単に公務員個人だけでなくて、その情報を漏らしたであろう、あるいはそれに係わったであろうとみなされた家族や知人等も当然これによって処罰をされることになることが想定されます。

現行憲法

第76条
1 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

さらに、「第9条の3」では「領土等の保全等」が加えられ、「国民と協力してこの領土、領海及び領空の保全」すること、そして「その資源の確保しなければならない」と、その責務が記されています。これは前文における「日本国民は、国土と自然を誇りと気概を持って自ら守り」という箇所と呼応するものですが、しかし、実際に軍事行動が起きたときに、国民が国防軍と一緒になってどのように領土、領海、領空を保全し、国民が資源をどのように確保するんでしょうか? おそらく、軍事行動に直接に係わらない物資の運搬や物資の供給が要請されるのでしょうが、これについても先の戦争に鑑みるとき、強制的に徴発され、保障もされないことになりかねません。あるいは、国に協力していないと見なされたときに、どのような罰則が科せられるのでしょうか? おそらく法令の定めるところにより、となるのでしょうが、どこまで事前に準備されることになるのかが問題です。

自民党改憲草案

第9条の3(領土等の保全等)
 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。